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    【ブログ】SyaNha1の『ゲーム人生を振り返って』

    SyaNha1のゲーム人生を振り返って

    SyaNha1

    数々のFPSで日本一の経験をもち当時DeToNatorの姉妹チームのGalacticから後にDeToNatorに移籍

    リーダーとして長期間チームを支えたメンバーです。

    2016年のAICの大会後、AVA部門からOverwatch部門に転向後

    2017年1月現役を退く。

     

    1. プロローグ
    2. 大安區
    3. 我らが練習場ATW
    4. 聖地Garena電競館
    5. AICへ
    6. エピローグ

    1.プロローグ
    10年間に渡るFPSの旅。
    とても長く、とても短い不思議な生活でした。
    この旅の中でも、最も波瀾万丈だった台湾のプロリーグへの遠征記をここに記録し、この旅路の幕を下ろそうと思います。

    2.大安區
    2016年2月22日
    「Alliance of Valiant Arms」の世界最高Leagueである台湾のElite Leagueに参加するため、僕たちは台湾へ旅立ちました。
    台湾に行くことに対し、各自が期待も不安も感じていました。

    期待にあたる部分は、プロゲーマーとして長期的に海外のリーグに参加出来ること。そして、みんな初の長期的な海外生活になること。
    不安にあたる部分は、日本の刺客として結果を残せるかということ。

    飛行機の中では各々自由に過ごし、僕は中国語を勉強していたはず。必要そうな「トイレはどこですか?」とかを必死に覚えていたと思う。
    隣の席は釈迦くんだったかな。
    後ろの席のモンキーに椅子を何度か蹴られてイライラしたのを覚えています。

    台湾に着いた時、辺りはもう暗くなっていて、空港には今後通訳でお世話になるふーちゃんと、動画の製作をしてくれたSora君が待っていました。

    空港からはタクシーで15分くらいで家に着いて、意外に近いと思いました。
    タクシーは多分僕と釈迦君とロビン君とSora君。
    僕と釈迦君とロビン君の組み合わせは、台湾生活が終わるまでずっと続いていた(変わる時はもちろんあるけど、後半になるほどこの組み合わせ)

    家に着いて最初の印象はとにかく広くて、綺麗。
    テーブルで皆が囲めるところが2つに、部屋が6つ、シャワー2つ、トイレも2つ。
    何不自由しない二階建ての豪邸でした。
    そこから始まる死闘の部屋割りじゃんけんは
    ロビン君→モンキー→釈迦君→自分→最果ての順番。モンキーが狭い部屋を選んでくれたので、僕は一階の広い部屋を取れました。

    その日にはこれまた大変お世話になるAimingTW(ATW)のkanaさんにお会いし、日用品の購入などをその日から2,3日間しました。
    今思うと近くの雑貨屋のおじさんに最後に挨拶していなかった。
    台湾生活の序盤は本当に頻繁に雑貨屋に行って買い物して、覚えたての中国語で雑貨屋の御夫婦と会話していました。
    非常感謝!

    そして、台湾に着いて少ししてから、台湾の生活で最もお世話になるAimingTWの平田社長とお会いすることに。
    その日、Aiming大阪の方との懇親会に僕たちも参加させていただくことになり、(僕にとっては)最悪の出会い方をしてしまうことになりました。

    その出会い方とは、
    釈迦君『上海君のあの一件以来、平田さんは俺たちをあまりよく思っていないよ』
    最果て『次会った時謝った方がいい』
    といったアドバイスを受けるほどでした。

    僕の記憶では懇親会の最初にAiming大阪の長谷川さんとお酒を飲んでいて、次の記憶は最果てとタクシーで帰っていたんです。
    聞いた話では、中国語で平田社長に唐突に話しかけたりしていたとか。怖いですねお酒って。
    後日、謝罪をさせていただきました。

    ※今回のキャプションの大安區とは台湾の家のある場所で、
    台湾に着いてタクシーに乗ったらまず自宅を言えるようになろう!という小学生かと思われるような訓練をした名残で、台湾から帰った今も当時の住所を暗記しています。

    3.我らが練習場ATW
    既にAimingTWの文字が出ていますが、DeToNatorの練習場はAiming台湾のオフィスにあります。
    非常に広い一室(50人近くでLANの試合ができそうなスペース)に、僕たち5人だけの席があり少し寂しさがある反面、何時までも永遠とゲームが出来る環境を作っていただけました。

    最初は机と椅子、パソコンしか無い状態から少しずつ増えていき、僕たちの看板?(2m×5mありそうな大きさ)やソファやレッドブルの冷蔵庫、ホワイトボードが増えていきました。

    練習をしていると時折平田さんが現れてお喋りをしたり、何度かご飯にも連れて行っていただけました。
    台湾の食事はインタビューでは『好吃好吃(美味しい)』言ってたけど、正直あまり合っていなかったので、平田さんに連れて行っていただく日本食のお店は台湾生活の中で断トツで美味しかった。

    ATWでは週に3回ほど、中国語教室がありそこに僕たちは何度も参加させていただきました。
    このメンバーで机を横に勉強することになるとはまるで思っていなかったので、面白かったですね。
    隙があれば最果てにカンニングされてました。

    練習も出来て、中国語も学べて、美味しい料理にも行けて最高の練習場でした。
    当時は出来る限りは喋ってコミュニケーションを取りたかったので、松山駅でアイス売ってるとこでは草莓を注文したり(他の単語の発音がわからない)、タクシーでは極力文字を見せずに発音勝負していました。

    そんなある日、僕モンキー最果ての組み合わせで、平田さん達とご飯に行った帰りに松山駅までタクシーで戻ることに。

    僕、モンキー『そんさんつぁーざん(松山駅)』
    タクシー運ちゃん『ああ?ぞんさんつぁーざん?』
    僕、モンキー『そんさんつぁーざん』
    タクシー運ちゃん『ああ?』
    僕、モンキー『そん!さん!つぁー!ざん!』
    タクシー運ちゃん『ぞんさんつぁーざん?』
    モンキー『どぅい(はい)』

    って一悶着したあと、気付いたら中山市場に連れて行かれました。
    ここどこやねんって全員が突っ込みして、スマホで松山駅と打って連れて行ってもらいました。
    中国語の発音難しすぎ!

    4.聖地Garena電競館
    話は前後して、AEL(台湾プロリーグの略)に出るにあたりやはり一番の不安は勝てるかどうかってとこでした。
    よっぴーが引退し、AWC(世界大会)でも台湾の2番目のチームであるTPA(台北アサシンズ)に負け、うまくいける保証なんてどこにもありませんでした。

    また、練習相手も異国であるこの場所で、コミュニケーションを取って探さないといけないのです。
    ふーちゃんに頼んだり、FacebookでAELの選手を見つけて声を掛けてみたり、色々と試行錯誤しながら日々の練習相手を探していました。

    たぶん全員の不安は早めに解消され、HowlやTPAを相手にして8,9割は安定して勝て、ahq(ahq esports club)には作戦を隠しつつ五分五分の結果だったので、悲惨な結果にはならないだろうと確信しました。

    そして始まった初戦のvs ahq戦。
    練習試合では相手も作戦隠してるだろうと予想していたのに、練習と相手が同じ動きでラウンドの半ばで作戦が分かったり、僕たちの動きも良く圧勝に終わりました。
    大事な初戦を取った安堵感とは別に、相手にこれで火をつけてしまったのも同時に理解できました。

    試合が終わった後の僕たちも、まだ長いAELは始まったばかりで気を抜く暇はないと強く誓う
    訳もなく、夜の台北に飲みに行きました(普通の日本料理屋ですよ!)

    AELの試合期間中、僕たちはGarena(台湾AVAのパブリッシャー)の方々に大変お世話になりました。
    九份という千と千尋のモデルと言われる観光地に連れて行っていただいたり、夜市でご飯を一緒に食べたり、FPSの勉強会に招待していただいたり、猫村行ったり。
    非常に選手に親身になってくれます。

    日本だと考えられないことは他にもあり、
    AELに参加している選手に、もっと練習しろといった御触れが出たこともありました。
    Garenaはより良いプロリーグの運営に全力で、選手のケアから管理まで一貫して行っている感じがしました。

    僕たちが台湾で活動が出来たのも、彼らのおかげです。
    謝謝Garena
    謝謝Vocal(大会実況者)

    AELは順調に勝ち進み、無敗のまま最後の試合のvs ahqへ。
    試合前から、この試合に負けてもAELの決勝は確実だったのかな?似た感じの話をして、前半戦の借りを返されるかのような惨敗をしました。

    思い出すとこのチームはずっと、これ負けても大丈夫って会話すると毎回負けてる気がする。
    もう言うんじゃないぞ最果てよ。
    ※最果てはいつも言わなかったけど。

    この試合の前後に日本に戻り、日本の代表を決めるRSTに出場。
    これも確か初戦のRequishに負けるも、残り全勝で優勝し、AICの日本代表へ。

    日本に戻ってからの練習は、日本と台湾でスタイルが違うから困りました。
    日本は撃ち合い強くて、前に出てこない。
    台湾は撃ち合い普通くらいだけど、隙あるとどんどん詰めてくる。

    台湾の方が相手からしたらやりやすいですね。
    日本のリズムに大会までに調整できて良かった。

    これが終わった2日後くらいに台湾に戻る強行スケジュールで、AELの決勝に向けて準備。
    AELの決勝はもう何回試合してるのかって思うahq戦。
    彼らは本当に強く、特にafterは間違いなく世界トップでしょうね。

    AELの決勝も前回と同じように完封負け。
    負けた原因は全員理解出来てたと思う。
    試合後は試合面での反省よりも、気持ちの切り替えを重要視しないとなって感じだった気がする。

    初戦でその後の世界一のチームに快勝し、最後にはそのチームに負ける。
    ahq側なら良い物語だったのでしょうね。

    ここで僕たちの台湾遠征記は準優勝で幕を閉じました。

    5.AICへ
    実は台湾遠征記は少しだけ続きがあり、AICへの出場のため再度台湾へ旅立ちました。
    次は打倒ahqを掲げていたものの、フルセットの末ahqに準決勝で敗れる。

    既に僕たちのOverwatchへの転向が決まっていたので、3位決定戦のTPA戦では試合前に
    『これがこのチームでやる最後の試合だね』
    『最後は何よりも楽しもう』
    って会話をしつつ若干涙目に。

    個人的にはAVAを7年くらいやってて、まさかこんな展開になるとは思ってなかったなぁ。とか考えていました。

    TPA戦は本当に楽しかった。
    普通のクラン戦してる感じで、大会をしていたし、かなり試合中でも笑っていた気がする。

    帰りのタクシーでも今までのAVAの思い出が出てきて、台北の夜景を見ながら感慨に浸っていました。

    6.エピローグ
    AICはahqの優勝。
    彼らの優勝をした姿は悔しかったけど、彼らで良かったと感じました。
    ahqが優勝出来たのは僕たちが台湾に行ったからと言うのはあると思う。

    AIC後の飲み会はTPAメンバーと馬鹿騒ぎしてた気がする。

    その後は、台湾生活の最後の〆を一斉に開始。

    ATWの全社員を前に中国語での挨拶や、練習場と広い家の大掃除。
    朝食屋のお婆ちゃんにこの日に帰るよーと伝えたり。
    試合や生活でかなりお世話になったfuuちゃん(DTN台湾マネージャー)、Sora君(撮影協力)への挨拶。

    最果てがテーブル勢になるのを見たり、最後の最後に平田さんにめっちゃ美味しい牛肉麺の場所を教えてもらったり、最後まで楽しかったです。

    半年も行って思い出も物凄く沢山あるのに、すごく短い時間でした。
    人生に大きな影響を与えた半年でもあります。

    多くの方のおかげでここまでこれました。
    ありがとうございます。

    最後にお世話になった方々へ。

    ◆Garenaの皆様
    大変お世話になりました。
    選手に対するサポートの厚さに、僕たちは日々感謝していました。
    台湾の素晴らしさも学べました。
    ずっと続いているAVAも、新しく出たMOBAも、末長く続きますようにお祈りしております。

    ◆Gameonの皆様
    8年近くAVAをプレイしていました。
    運営に文句を書くこともあったブログを始め、色々とご迷惑をおかけすることもあったと思いますが、総じてAVAをプレイしていて良かったと思います。
    今後もMonkey率いるDeToNatorをどうぞよろしくお願い致します。

    ◆fuuちゃん、Sora君
    大変お世話になりました。
    現地での会話のやり取り、日用品の購入やライフラインのマックの注文方法など、なんでも教えて頂きました。
    いなかったら生活が出来ていたかも怪しいレベルでした。
    今後もDTNOWが行くので、面倒を引き続き見て下さい。ありがとうございます。

    ◆ATWの皆様
    朝、昼、夜、深夜問わず練習出来る環境がとても素晴らしかったです。
    僕たちの練習の声が入ったり、とりあえず你好って挨拶したりで鬱陶しかったと思いますが、ATWのお陰で素晴らしい台湾生活を送れました。
    また出向いた際はもう少し中国語を喋れるようになっておきます。

    ◆スポンサーの皆様
    いつも素晴らしい練習が出来、結果を残し続けることができたのはスポンサー様の素晴らしい製品で常に練習や試合に臨むことが出来たからです。
    今後ともDeToNatorをよろしくお願いいたします。

    ◆チームを応援してくださった皆様
    台湾での試合や、国際大会、国内大会全てにおいて皆様の応援が有り難かったです。
    よっぴーがいなくなり、僕たちは結果を残せないと考えた人が多かったと思いますが、それでも結果を残せたことは皆様がいたからです。
    本当にありがとうございました。

    ◆チームメンバー
    あっという間劇場だったので、全くこういう話をすることが無かったですね。
    今思い返すとどれもが楽しかった。
    今回の台湾生活は、共に過ごした時間の全てが思い出ですね。
    また近いうちにご飯でも行き、馬鹿な話でもしましょう。
    最果てとモンキーはリーダー頑張れよ。

    ◆平田さん、kanaさん
    大変お世話になりました。
    他の言葉が見つからないくらい、大変お世話になりました。
    またいつか5人でATWに行きたいです。
    その時はご飯に連れて行って下さい!

    ◆勝さん
    一番お世話になりました。
    GalacticからDeToNatorにかけて、大きく人生も変わり、特にこの台湾の経験は大きかったと思います。
    DeToNatorへ行くチャンスを頂けたり、台湾への遠征など多くの経験をさせて頂きありがとうございます。
    期待に添えないことも多々あったと思いますが、共に歩むことが出来てとても幸せな時間でした。
    長きに渡り、このチームをサポートして頂き、大変ありがとうございました。

    2017年03月17日

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